清水商店 (現 三栄源エフ・エフ・アイ本店)
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清水商店(現 三栄源エフ・エフ・アイ本店)
竣工年:昭和8年(1933)
設計施工:不詳
昭和初期の店主住宅が付属しない、町家風オフィスビル。
近世以来の伝統的な京阪の町家は小規模商店から、鴻池、加嶋屋(廣岡)、泉屋(住友)等に代表される巨大組織を率いる豪商に至るまで店主の住宅と店舗が一体となっていた。これは基本的に当主は世襲で、事業、財産は全て当主の個人所有物であり、従業員は当主の家へ奉公しているのだとする封建主義制度に基づいている。
しかし競争の激しい大阪の商家では近世末にはすでにこうした封建制モデルは事実上崩壊していた。トップクラスの豪商の世襲制当主は象徴的偶像と化し、丁稚上がりの番頭が実際の事業経営を采配していた。
一方、中規模の商家は経営者として適当な店員を主家の婿養子に迎えることによって、封建制の見せかけのファサードを繕っていた。(山崎豊子の初期の作品がよくこの大阪船場の女系社会を題材にとりあげている)
江戸幕府の崩壊と商店の会社組織化はこうした動きに拍車をかけた。そして本建築のような、店主住宅の無い職住分離型の町家風オフィスビルが登場したのである。
店主は通勤で、1階が事務所、2階に店主の親戚が月曜から金曜まで泊り込んで従業員を指揮し、3階が従業員の寮となっていた。
しかし建築自体は伝統的な町家と基本的に変わらない。また、従業員が住み込みである点も近世以来の伝統に則っている。これは他人の飯を食って修行しないと一人前の商人になれないという伝統的慣習や、複雑な船場式の礼儀作法や船場言葉を身に付けさせる目的があったのかもしれない。
清水商店は明治44年(1911)創業の工業薬品問屋で、合併により現在は従業員数約800人の中堅化学メーカー、三栄源エフ・エフ・アイとなっている。


