千代田銀行大阪支店新館 (日生二号館 (取り壊し))
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竣工年:昭和27年(1952)
設計:三菱地所
ヒトラーが自ら描いたスケッチや構想をもとにシュペーアやマルヒら配下の建築家に設計を命じた建築様式は、この日生二号館のように巨大で無装飾の列柱が延々と続くといったものであった。ヒトラーの誇大妄想は次第に膨れ上がり、ベルリン都心部を巨大なナチス式建築で埋め尽くすゲルマニア計画なる都市計画が作成された。ブダペストやパリを凌駕し、古代エジプト、バビロン、ローマに匹敵する都市にベルリンを改造するというこの計画は、結局自身が始めた第二次世界大戦により破綻した。しかしベルリンには今も事実上ヒトラーの建築作品ともいえるドイツ航空省(現 ドイツ財務省)(Reichsluftfahrtsministerium, 1936)、オリンピア・スタディオン(1936)、在ベルリン日本大使館(1943)等が残っている。
ナチの同盟国日本でもナチス新古典主義に類似した意匠のビルが散見される。後にGHQ総司令部として知られる皇居前の第一生命館(1938 東京)、渡辺翁記念会館(1937 山口)などである。
ただし近年、これらは単に当時欧米で多数造られた簡略化された新古典主義建築で、ナチ・イデオロギーとは無関係であるとする見解が提唱されている。この日生二号館もナチス・ドイツ崩壊後7年が経過した1952年の作品。

<参考>


