富田熊作邸(現猪名川町立静思館)(※兵庫県猪名川町)
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2021年 12月 05日
富田熊作邸(現猪名川町立静思館)(※兵庫県猪名川町) 竣工年:昭和10年(1935) 設計施工:斎藤宗太郎 大阪の古美術商社、山中商会ロンドン支店長を長年務めた古美術商、富田熊作の住宅兼迎賓館。 ロンドンのデイヴィットコレクションや大阪の安宅コレクションと並ぶ世界最高峰の中国陶磁器コレクション、ジュネーブのバウアーコレクションは彼が扱った。 山中商会社長の山中定次郎の別荘、桜鶴苑(1915 京都・南禅寺)がよくあるコテコテの近代数寄屋建築なのに対して、こちらは一見農家風。しかし門と屋敷のバランスや意匠、材料など、古民家を見慣れた人が見れば異質な建造物であるのが判るだろう。 これは京都の大工棟梁、斎藤宗太郎によって全国の銘木を用い、3年の歳月をかけて建造された農家風邸宅である。数寄屋建築でも茅葺の東屋の様な物はよくあるが、こちらは数寄屋よりは農家に寄せた意匠である。しかし北摂地方の農家の特色はすっ飛ばされ、奇妙な雰囲気がある。水洗トイレや床暖房など近代技術を設備に用いている点は他の近代和風建築と共通する。 村年間予算の倍以上、10万円を投じて故郷に建造された、世界的美術商によるユニークなこだわりの近代和風建築。 <山中商会> 20世紀前半、唐物商の集積する大阪高麗橋に本社を置き、ロンドン、ニューヨーク、ボストン、シカゴなどに支店を出した、恐らく世界史上最大の古美術商社。 当初は日本の工芸品や骨董品をニューヨークやロンドンの支店で製造販売する会社であった。 大正6年(1917)北京店を開店。1912年の清王朝崩壊によって空前絶後の質と量の中国美術品が北京店にて買い取られ、これらを欧米へ売りさばいた。顧客は19世紀帝国主義と産業革命で富を蓄積した、イギリスのデイヴィット卿、ユーモルフォプロス卿、アメリカのロックフェラー、フリーア等の名だたるコレクターである。 第二次世界大戦により全資産の8割に当たる海外資産が没収。北京店は閉店。世界的古美術商社としての壮麗な歴史に幕を下ろした。 石造のエントランス。 照明からして竣工当時の物であろう。 アプローチと長屋門 本来道路に面して門があるはずである。 かなりの田舎であるため 大富豪のコレクターが自動車によって訪問する事を想定したプランであることは明らかである。 長屋門。 この様な巨大な長屋門はこの規模の茅葺農家ではまずない。 河内や吹田など大阪旧市街近郊の農商兼業大庄屋クラスである。 国際的古美術商としての富と威厳を示したのであろう。 母屋と蔵のファサード。 木部に赤い紅ガラが塗られている‼ 紅ガラを塗る習慣は京都や近江の町方の習慣で、摂津の農家でこれはあり得ない。 天満の大阪くらしの今昔館の船場の復元町家も京都の安井杢工務店が紅ガラを塗りたくっておかしくなっている。棟梁の斎藤宗太郎は京都の大工であり、京都人は紅ガラの赤が大好きなのだ。 主屋。 茅葺と瓦葺を組み合わせた典型的な畿内の妻入入母屋造でよくできている。 本来京町家や数寄屋建築に葺く様な一文字瓦が京都大工の仕事。 平面図。農家特有の田の字型。 土間。 なんぼでも予算があったのであるから広大な土地を買い占め、もっと権威主義的に太い松の梁をめぐらせた広い土間にすれば良いのでは?と思ったが、やはり美術商のセンスである。狭い空間に良質な素材を濃密に用いた空間を作りたかったのであろう。 へっついさん(かまど)。 へっついさんの上の福助さん。 張り出した水頭症の頭の形状から明らかに近世の作品で、この建物よりも遥かに古い。 富田熊作の主力商品は宮廷趣味の極みとも言える中国景徳鎮清朝官窯なのだが 本当に好きだったのは対極ともいえる日本の民芸品だったのかもしれない。 判らないのだが燻しまくって時代付けしたのではないかと思う。 夏のしつらえで簾戸。 欄間なども素朴なデザインをあえて使用している。 槍などの武具。 帰農した元武家という設定なのだろう。 銀箔で装飾された襖も渋い。 床の間。 簡素だが極めて上質な木材が使用されている。 床柱は恐らく最高級の北山杉。 繊細でしゅっとした切れる様なさり気ないセンスが京都である。 素晴らしい。床の間の明治期伊万里焼。 富田熊作クラスの美術商ならばこの様な量産の壺を床の間に置くことはなかっただろう。 書院の置かれた民芸品、見ざる、言わざる、聞かざるの三猿。 この三猿、起源は古代エジプトに遡る。 富田熊作は信仰心が篤く、縁起物を大切にする人物で、竣工当時十二支にちなんだ全ての動物が敷地内に並んでいたのだという。 書院板は恐らく紫檀。 お洒落な数寄屋風水洗トイレ。 村内では初めての水洗トイレらしい。 この便器は恐らく竣工当時のものではないかと思う。 吉野窓のある茶室。 富田熊作は鑑賞陶磁器屋で当時日本主流の茶道具屋ではないがやはり茶室がある。 小さく、プライベートなおもてなしであったのだろう。 茶室付属テラスとテーブル・椅子。 明治5年(1872)、日本最初の博覧会・京都博覧会開催の際、外国人の為の茶席として裏千家11代玄々斎が考案した立礼席に用いる。 正座の習慣の無い外国の顧客を茶道でもてなすための設え。 洒脱な茶室の引手。 萩釉である。 水屋。 茶室ファサード。 ここだけ見ると普通の数寄屋や町家に見える。 左下の巨大なやかんは何? 硝子戸のある縁側。 蔵を模した書斎、書斎蔵。 田舎っぽく見せようとするあまり、奇妙な意匠になっている。 本物の地元の蔵。 書斎蔵内部。 床暖房となっており香木を焚いたとの事。 別の蔵にあった富田熊作の肖像画。 実直で朴訥そうな人柄が伺える。 右は恐らくインド更紗。 主屋屋根 こじんまりとした庭。 長屋門前にある井戸の貯水槽。 偶然だろうが、安宅コレクションの鉄鋼商社、安宅産業取り扱いである。 巨大な朝鮮の石虎。 李氏朝鮮時代に王陵や墳墓の守護として置かれたもので、文人石、武人石、望柱石、石馬、石虎などと共に、円形の墓を守るように外向きに置かれていた。 王族クラスの巨大な墳墓から日本へもたらされたのであろう。山中商会同様、帝国主義時代の残滓である。 親族との記念写真。 やはりこの石虎がこの邸宅のシンボル。 貯水槽と石虎。 高台より望む。手前が富田邸。 恐らく戦前からほとんど変わらない風景であろう。 ド田舎である。 上方落語に「池田の猪買い」というのがあり、昔から北摂=ド田舎というイメージだったのだろうが、ボタン鍋屋などいかにも田舎臭い。 薪が売られている。 付近の豪農邸宅。 恐らく富田邸と同様近代の建築だと思うが、変種の近代和風建築とは異なる自然な造形。 <バウアーコレクション> スイス・ジュネーブの東洋陶磁コレクター、アルフレッド・バウアー(1865-1951)は1928年より1949年まで中国清朝官窯の名品を中心に約500点の東洋陶磁器を富田熊作より購入した。量はそれほど多くは無いが、その質は恐るべきものである。清王朝が崩壊して間が無く、名品がまだ市中に豊富に流通していた時代に、富田によって選び抜かれたコレクションである。再現は恐らく不可能。 (バウアー・コレクション中国陶磁名品展 出光美術館 1994 より) 中国建窯禾目天目茶碗 この種の中国の古い焼き物は大抵遺跡から発掘された発掘品だが、これは日本の大名、酒井家に伝わった伝世品。 典型的な清朝官窯。 絵付けが派手で茶道具や床飾りとして使えないため、日本には余り入っていない。 景徳鎮で素地が焼かれ、北京の宮廷で絵付けされた特別な焼き物、琺瑯彩。通称「古月軒」。 元々生産数が少なく、殆ど美術館に収まっており市場にはほぼ出ない。2015年のクリスティーズのオークションでは、古月軒の小さな椀が85,240,000HKD(約130億円‼)で落札された。 バウアーコレクションのアイコン、古月軒瓶。
by kfschinkel
| 2021-12-05 17:26
| 阪神間・北摂
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