谷松屋戸田商店・土蔵
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竣工年:不詳
設計施工:不詳
唐物商の街、船場伏見町にある江戸中期創業、現存日本最古の茶道具商の土蔵。いかにも唐物商らしく土蔵の入り口にはエキゾチックなギリシャ風の渦巻き模様があしらわれている。土蔵の三階建も珍しい。
この谷松屋戸田商店は松平不味公、平瀬家、藤田男爵家、野村家、湯木家御用の茶道具商で、近年11代目と12代目の当主が対談集を出して古美術界の脚光を集めた。
<伏見町、高麗橋の唐物商と茶道具>
大阪の船場・伏見町、高麗橋には豊臣時代より唐物(輸入品)取引で財を成した豪商が集中した。彼らは株仲間を形成し長崎貿易を支配した。界隈で今日残る巨大な町家、小西平兵衛邸(1880,1888)、児島嘉助邸(1937)はいずれも唐物商である。当地の唐物商のうち業容拡大し総合商社となったのが日商岩井(現 双日)で、合併前まで伏見町向いの今橋に本社を構えていた。
唐物の中でもユニークなものが、茶道具である。喫茶の習慣は平安末期、中国からもたらされたが、千利休ら桃山期の茶人達によって日本独自の美意識や法則が生み出された。今日、茶道は日本的な趣味と考えられているが、茶道具の名器には中世から近世の中国、朝鮮、オランダ、東南アジア等、輸入品が多い。長崎経由で輸入される文物から数寄者と唐物商によって日本の茶道に適する物が選抜され、取り込まれていった。近代の例では明治34年(1901)伏見町に現存する茶道具商、春海商店が日本で最初にフランス・バカラ社のクリスタルガラスを輸入しているが、これも茶道具としての注文品であった。
他の唐物商に混じって、伏見町、高麗橋に有力な茶道具商が集積したのは自然なことであった。


