松竹座
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竣工年:大正12年(1923)
設計:木村得三郎
近世以来の劇場街、難波・道頓堀に残る近代日本最大の映画館の遺構。
金持ちのオモチャか場末の見世物に過ぎなかった映画が、大衆の巨大娯楽産業へと変貌を遂げた1920年代に京都の松竹が巨費を投じて建造した映画宮殿である。
かつて淀川長治が二階事務所で勤務し、大戦末期に手塚治虫が大阪帝大付属医専時代、海軍制作のプロパガンダ・アニメを鑑賞して漫画映画を作る決心を固めるなど、かなり逸話の多い映画館で、うちの母によると昔から洋画の上映が多かったらしい。
現在はファサードが保存され、内部は上方歌舞伎を上演する舞台劇場に改築されている。
設計者は劇場建築の名手、木村得三郎。内装は19世紀ヨーロッパで多く建てられたオペラ劇場の観覧席を模した設計であった。
外観はルイス・サリバンが推進した鉄とコンクリートによるラーメン構造に支えられた巨大アーチ(サリバン・アーチ)が印象的である。(※)
サリバンは機能主義を標榜し、歴史的様式主義に立ち向かって敗北したアメリカの建築家だったが、皮肉にもこの松竹座は彼の最強の宿敵であった、歴史的建築様式のひとつ、古代ローマ風の新古典主義様式の装飾で埋め尽くされている。映画宮殿、サリバン・アーチと新古典主義の組み合わせは正にオール・アメリカンといった趣だが、このファサードのテラコッタもアメリカ製である。
(※)パリのエトワール凱旋門(1836)を模しているという意見もある。凱旋門は代表的な新古典主義建築であって、松竹座の装飾と様式が一致しており自然で説得力がある。
<アメリカと新古典主義-古代ギリシャ・ローマへの憧憬>
日本人はしばしばヨーロッパ=古典、アメリカ=革新と誤解する。実際のアメリカ人は建築に関して革新的にして反動的な態度を示す。そしてこの古代ギリシャ・ローマ建築を範とする新古典主義様式こそアメリカ人が最も好んだ歴史的建築様式なのだ。ホワイトハウス(1817)や連邦議会議事堂(1830)、NYSE(1903,1922)、ペンタゴン(1943)等主要なアメリカの公共建築はロマネスクやゴシック、バロックであってはならず、新古典主義様式である。それは合衆国創成期、トマス・ジェファーソンがフランス革命下のパリで最も流行していた新古典主義様式を移植したのに加え、合衆国の国提たる共和制の起源が古代ギリシャ・ローマにあるからである。
アメリカ人の古代ギリシャ・ローマかぶれは他国で歴史的様式が衰退した戦後に至るまで健在らしい。カリフォルニアの石油王ポール・ゲティは1974年、完璧な新古典主義様式の美術館を建造した。またアメリカ成金の息子が通うプレップスクールでは卒業式にローマ人の衣装で執り行うらしいが、そんな酔狂な格好で行事を行うのは世界広しといえどアメリカ人位のもので、彼らはよっぽど古代ギリシャ・ローマが好きなのだろう。

ニューヨークにもそっくりの新古典主義テラコッタ+サリバンアーチの建築が現存する。
(近所の南海ビルディング(1933)のテラコッタは日本製)



