南海ビルディング(高島屋大阪店+南海電気鉄道難波駅)
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竣工年:昭和8年(1933)
設計:久野節
世界初のターミナルデパート、阪急ビルディング(1929 大阪梅田 取壊し)に触発されて南海電気鉄道が難波で建造した巨大なターミナルデパートビル。ターミナルデパートとはその名のとおり電車の駅と百貨店をくっつけた施設である。
阪急をはじめ、近鉄、阪神、京阪、あるいは関東の西武や東急などはターミナルデパートのための百貨店を自社で設立しているが、南海ビルディングは竣工以来テナントビルとして京都の百貨店、高島屋を入居させている。
近代に入って高島屋は京都から大阪に本社を移した。(ちなみに現在の本社事務所は旧松坂屋大阪店)そしてこの高島屋大阪店は高島屋の本店であるにもかかわらず建物の所有者は未だに南海電気鉄道のままである。
<建築>
建築は阪急ビルディングと同様、整然と窓が配置され、下から基壇階(grand floor)、主階(Piano nobile)、屋階(Attic storey)の三層構造の壁面分割で成るルネッサンス様式といえる。
パリやヴィーン、ブダペストに代表される近代欧州のメガロポリスの建築の大部分はこのルネッサンス様式に分類される。起源は言うまでも無くイタリア・ルネッサンスの都、15世紀フィレンツェである。
彼らはフランスやドイツの如き北方蛮族の様式で、不揃いなゴシックを排し、ギリシャ、ローマの正統的な伝統に基ずく整然とした都市景観を復活させようとしたのだ。その主要な構成建築こそパラッツォ(palazzo 都市邸館、宮殿)である。パラッツォにおいてレオン・アルベルティのようなルネサンスの建築家達(彼らは芸術家でもあった)は古代ギリシャ、ローマの神殿と同じ三層構造を15世紀フィレンツェの富裕層のライフスタイルと融合させたのである。つまり基壇階が仕事場、主階が主人の住居、屋階が使用人の住居として使用された。そして各棟ごとに細部の意匠に微妙に変化が付け加えられながらも同じパターンの建築があまねく通りに延々と配置されることになった。
やがてルネッサンス様式は近代ヨーロッパの全ての大都市の都市建築で支配的となり、今日に至るまで欧州都市の整然とした街並みを形成している。
一方細部の意匠は阪急ビルディングとは異なり、18世紀中期以降、考古学的考証によってギリシャ、ローマ建築の古典性と壮大さをより忠実に再現した新古典主義様式の影響が強い。新古典主義様式は近代日本では財閥、銀行建築でよく採用された。しかしこの様なローマ神殿ばりの壮大な百貨店建築は東京はおろか近代における極東最大の経済都市、上海にすら存在しないのだ。
南海ビルディングの巨大なコリント式大オーダーとエンタブラチュアを見れば、これこそ20世紀前半の日本における記念碑的建築であり、近代大阪の富の優越性が体現化されていることが判るだろう。
下から基壇階(grand floor)、主階(Piano nobile)、屋階(Attic storey)の三層構造の壁面分割から成る。
南海ビルディングは日本の全ての近代建築中で最も大量のテラコッタが使われている。
歯車と翼を組み合わせている。
残念ながら内部意匠は戦災で損失しており、ほとんど原型はとどめていない。
新古典主義の棟屋と鳥居の奇妙な組み合わせ。
いい歳して乗ってしまったのだが、結構眺めが良かった。
これも今年の改装に伴い撤去されてしまうのだろう。
南海は改装の際、失われた装飾を復元すると発表していた。
しかし、かつて存在した連続アーチの間のメダリオンは結局復元されず。
メダリオンはあったほうが絶対格好いいと思ったのだが・・・・
しかし梅田阪急の如きそこらへんの駅前にあるような田舎臭いショッピング・センターに建て替えられるよりは千倍ましである。